リレー・エッセイ


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(Updated: Nov.04,2009)

変わりゆくものと変わらぬもの


金沢医科大学
脳脊髄神経治療学(神経内科学)

松井 真

 リレーエッセイの四番手にあたります。先行走者のバトンを必ずしもそのまま引き継がなくてもよいようですので、最近のMS診療の中での実感を書き留めることにしました。エッセイの性格上、多少の私ごとが入ることをご容赦いただけましたら幸いです。

 私はどういうわけか中学生くらいから神社や仏閣に惹かれ、春や夏の休みには友人と旅行先の史跡を回ったり、あるいは一人で訪ねて行ったりしたものですが、おそらくは石の狛犬やお堂の中の仏像に美術的興味を覚えているのであろうと解釈しておりました。しかし、東京国立博物館で開催された国宝阿修羅展で一度お姿を拝見した仏像群に、つい先日興福寺の仮金堂内で再会するに至って、その解釈は間違っていたことに気づきました。いわゆる偶像を拝んで願いを込めるという人々の行為が、本来は人工的な構造物であったに過ぎないものに何か別の息吹を与えているのかもしれないと、ふと思ったのです。美術的な価値は見る人ごとに異なり、また、時代を経るにつれて古びていく外見は美術品としての評価を低下させていくはずですが、1300年間、数えきれない人々の願いや祈りを受けとめ続けて来たことが、時代が降っても決して変わらない何かを見る者に伝えているように感じた次第です。

 翻って1300年後のこの科学の時代、MSはもう一歩で病因解明に手が届きそうであり、また、視神経脊髄炎(NMO)という疾患の正体が明らかにされつつあります。しかし、MSはつい数十年前までは日本に存在するか否かが論じられた時代があり、また動物実験の成果からはTh1病因説の全盛時代を経て、Th17病因説がもてはやされる時代を迎えています。さらに、この動物実験ではほとんど無視されていた自己抗体の関与する病態機序が、実はヒトのMSでは重要な要因になっていることが明らかにされました。たった20-30年間のMSの研究史に焦点を当てただけでも、ある時期において最もup-to-dateで科学的に正しいと信じられていた学説が、後に覆されたということは珍しいことではありません。一方、決して変わらないものは、3人の先行走者のエッセイに述べられているように、MSを完治可能な疾患にしたいという医師や研究者たちの熱意であると思います。したがって私は、現代医学の成果を十分に学びながらも鵜呑みにせず、むしろ患者さんの診療を通して得た経験と知識に照らし合わせて現在の学説が本当に正しいかどうかを検証して行くことが、将来も変わることのない確かな治療法を選択する着実な道であると考えます。

 今後数年のMS診療のキーワードは、抗アクアポリン4抗体であることは明らかです。私自身は、この抗体とMSそしてNMOとの関係を、理論のみに埋没することなく、実際の患者さんの診療を慎重に進めながら見極めたいと考えているこの頃です。

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Created: Aug.22,2009