リレー・エッセイ


JMSS Home Page/Japan
(Updated: Aug.22,2009)

多発性硬化症医療の過去、現在そして未来


国立精神・神経センター神経研究所 免疫研究部
山村 隆

 多発性硬化症(MS)は、その昔、治療法のない病気だと信じられていました。どうせ治らないのなら、祈祷師や新興宗教にでもすがるしかないと思う人もいました。30年前くらいから欧米では、免疫の関係する病気だと言われるようになり、ステロイドや血漿交換療法などが、試されるようになりました。そのあと、インターフェロンやコパキソンなどの疾患修飾薬が開発され、専門的な治療を受けることによって、普通に生活できる患者さんの数が徐々に増えて来ました。基礎研究の進歩は、新しい治療法の開発につながり、MSを取り巻く環境は、この10年で大きく変化しました。

 しかし、私のところには今でも、治療が遅れて重症になった患者さん、不十分な治療のために障害が残ってしまった患者さん、大学病院で「特に治療法はありませんよ」と説明され、「ステロイドは毒です」と主張する民間療法に走り、寝たきりになった患者さんなどが相談に来られます。私は国立精神・神経センターという環境の整ったところで仕事をしていますが、医療や医学の恩恵を受けられない患者さんが多いことにため息をついています。

 先月、オランダのMSセンターを見学しました。オランダのMSの患者数は12000人ですが、そのうちの半数6000人の患者さんはMSセンターで治療方針を決めてもらうそうです。そのあと、3000-4000人の患者さんは地元の病院で治療を受けます。MSは発病から早期の治療が重要です。最初の大事なところを専門家に任せるのは、非常に合理的だと感じました。日本でも1000人くらいの患者さんの医療を担当するセンターが各地にできれば、状況は相当改善するのではないかと考えています。

 インターネットが発達した現在、情報はその日のうちに世界を駆け巡ります。私たちのMS治療に関する基礎研究の論文が、次の日にはUSA TodayやForbesのネット上で紹介されることに驚きを感じています。しかし、一方では、この情報社会の中、患者さんが専門医に出会うまで3年あるいは5年もかかるという現実があります。質の良い情報にアクセスするのは、必ずしも容易ではないということを物語っています。

 医療環境を改善するのは、気の遠くなる程の時間と労力を要する作業です。これは専門家だけでなく、社会の力で達成されなければならないものです。根気よく社会全体を啓蒙する活動が大切です。多発性硬化症協会やサポーターの皆様の貢献に、私は大いに期待しています。MS医療の将来を明るくする鍵は、そこにあります。

 日本MS協会トップページへ   エッセイ目次へ 


Created: Aug.22,2009